長谷川正徳のちょっといい話

第15話 真実の自己を知る

真実の自己を知る 挿絵

 わたくしどもが順境にあるということは、仏教的にいうなら、五欲煩悩(性欲・財欲・食欲・名誉欲・安逸欲)の酒に酔いつぶれていることであります。

 ところが、わたしどもは、いつ逆境にたたされるかわかりません。
粒々辛苦して築いた財産が、経済界の変動で、一朝にして吹っ飛ぶとか、生涯をそのためにかけた社会的地位をにわかに失ったとか、健康を誇っていたものが、急に病に倒れたとか、たよりにしていた一人息子に死なれたなどとか、そういう逆境に立たされた時、人は眠れぬ夜を経験するのであります。
そして苦悩にさいなまれ、悲しみにうちしおれたあとで、人は初めて人間生活の味気なさ、はかなさに目覚めるのです。

 ここで初めて、人生とは何ぞやと、自分に問うのです。
金や地位は、はたして一生をかけて追い廻すに値するものであったろうかと。
貧乏していたときは物分かりのよい人であったのに、金持ちになったらとたんにわからず屋になった人もいる。
平社員の時は親切な人であったが、重役になったら威張りちらして嫌われる人もいる。
平和な家庭を楽しんでいたのに、富や地位を得て、不倫に溺れ、妻子を泣かせる人もいる。

 しかし、人は日常生活の破綻・逆境への転落によって、初めて人生を見直すのであります。
あらためて財産の価値を問い、地位・名誉の値うちを問うのです。
 日常性の破綻の裂け目から真実の光がさしはじめるのです。
仏教でいう煩悩即菩薩の境地とは、これを言うのです。

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