長谷川正徳のちょっといい話

第50話 「眼」からの超越

「眼」からの超越 挿絵

 昔、反町無格という剣士がいました。
 諸国武者修行の途次、とある山中を歩いていて、一本の丸太橋にさしかかりました。
下を見るとまさに千扨の断崖、そして激流岩石、眼もくらむばかり。
どうにも膝頭がガタガタ震えて渡れません。
 「これが渡れぬようでは、わしの修行も恥かしい次第」
と思うのですが、足が諌んでしまう。

すると誰か人のくる気配、みると按摩さんが杖をついてせっせとやってきました。
 何のためらいもなく、いきなり下駄を脱いで、持っている杖に下駄を突きさし、背中の帯にはさみます。
それから丸木橋を這ってするすると何の苦もなく向こう側に渡ってしまいました。

 無格、これを眺めて“なるほど”と感心。
自分もあの手でやってみようと剣をはずして草履をさし、剣を背後で帯にはさんで、眼をつむり、這って丸木橋を渡り終えたのです。

 ここで反町無格、ハタと膝をたたいて“これだ”と剣道の真髄を会得しました。
それから自分の流儀を「無限流」と名づけたということであります。

 つまり、眼は人間にとってなくてはならぬものでありますが“真の極意”というものは、眼を超えたところにあると悟ったのです。
 眼で見れば絶壁の上に立つあぶない我、天地の中の一個の我であるが、眼を閉じれば天地すべては我の中にある。
千扨の谷も、激流の音も、我の中に見、我の中に聞くのです。
仏道の極意もまさに“眼”を超えたところにあるのです。

前の法話
長谷川正徳のちょっといい話 法話一覧に戻る
法話図書館トップに戻る