長谷川正徳のちょっといい話

第55話 東海大学安楽死事件で問われるもの

東海大学安楽死事件で問われるもの 挿絵

 神奈川県の東海大学医学部付属病院で昨年4月(※)、元内科助手の医師が、末期ガンの患者に薬物を注射し、安楽死させたとされる事件で横浜地検は去る7月2日、この医師を殺人罪で起訴した。
安楽死問題で医師が起訴されたのは始めてであり、終末期医療をめぐってさまざまな問題が指摘されている折柄、裁判の行方が注目される。
 昨年の日本人の死亡数は83万人。そのうち、ガンによる死亡は27%の22万人余となっている。
しかもガン死亡は年々増加する一方である。
もちろんガン予防や治療に全力をあげねばならぬが、今日の状況ではいつなんどき、この自分自身がガンに冒され、死の転起をみないにも限らぬ。
この頃やかましいリビング・ウィル(生者の意志)を健康なときにはっきりしたためておく必要を痛感させられる。先師のお言葉に
「先ず臨終のことをならうて後に他事をならうべし」
とあるが、現代的には他ならぬこの己の死を、ことに死に臨んだときの処置についてはっきり書面に書いておけという意味なのではないか。

 東海大学の場合でも、患者自身が安楽死について何の意志もあらわしていなかったということが起訴の重大な理由になっている。
いづれにしても人は己の死と対面することによって、ひるがえって今の命を充実させることが出来るという、仏の教えの真髄をかみしめなければならない。
東海大学で起きた事件は、医療と家族の在り方、そして自己自身の生と死に重い問いを突きつけている。

【東海大学安楽死事件】
1991年4月、東海大学医学部付属病院(神奈川県伊勢原市)の助手医師が、ガンで入院していた男性患者の家族から強い要請を受け、患者に塩化カリウムなどを注射し死亡させたとして、殺人罪で起訴された。

※このお話は、1992年に書かれたものです。

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