長谷川正徳のちょっといい話

第67話 国家と宗教は分離せねばいけない

国家と宗教は分離せねばいけない 挿絵

 中東戦争はいったいどうなってゆくのか、世界中の誰もがはっきりわからぬというのが今の状態であるが、たとえ殺し合いの戦争が終ったとしても憎しみや恨みに根ざした争いごとはかなりながく続くものとみられる。そのわけは、この中東の争いの要素、又は原因に宗教が深く関わっているからである。この中東地区と言われるところは、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の三つの大きな宗教が生まれた地であり、これらの信者が聖地と呼ぶのも当たり前であろう。

 ところで、むずかしいことはさて置き、ユダヤ人とキリスト教徒があがめる神エボバも、イスラム教徒のアラーの神も、呼び名こそ違うけれど、全く同じの唯一神なのである。同じ一つの根っこから生まれた宗教なのに、信ずる人達の民族の利害損得とからみあい、仲間うちの信仰の結束が固まるにつれ、いよいよ排他的となり、他の共同体や民族に戦いを挑むということになった。

 ことにユダヤ教とイスラム教において特徴的なのは、いずれも国家が宗教であって、国家と宗教が分離していない。国家の間の利害対立はそのまま信仰の対立に転化する。中東の諸民族の悲劇の根っこはここにある。国家宗教は権力を持った人間がほしいままに神の意(こころ)を利用して、どんな戦いも聖戦としてしまう。恐ろしいことである。

 現代に一番重要なことは政治と宗教がはっきり離れることである。そういう点からも日本の政教分離の憲法は世界に誇るべきものであろう。

※この法話は平成3年に書かれたものです。

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