長谷川正徳のちょっといい話

第78話 おばあちゃんの読書

おばあちゃんの読書 挿絵

 問題や、悩みを抱えた時、もうどうにでもなれというような、投げやりな気持ちになったことはありませんか、この世に生を受け、健康に暮らしてゆけることを、当たり前のことと思い、日々を無駄に過ごしていることはないでしょうか。

 ある日、祖母の部屋にゆきますと、祖母は手帳に細い字で何かを書き込んでいます。「おばあちゃん、何書いてるの」と尋ねますと、祖母はにっこり笑いながら、「もう年をとって、せっかくよい物を読んでも忘れてしまうから、感動したことや心に残った文章や、そうそう、もちろんあなたに聞かせたいことなどこうして書いているのよ」と見せてくれました。そこには、ほんのちょっとしたことが、美しい旋律のように綴られているのです。

 祖母は今年、86歳になります。それでも、これからが勉強だと言うのです。私は祖母の言葉に脱帽してしまいました。

 「本を読むことはおばあちゃんの夢だったの。それはね、私は不器用な人間で、何をするのも“ぐず”で遅いし、気がきかなくてね。小さい頃から本が好きで、お裁縫も家事も怠けてちゃんとしなかったから、お嫁にいってからとても苦労したの。だから結婚して四人の子供が一人前になるまでは、一切本を読まないで主婦としてがんばろうと心に決めたの。もっと賢く生きれば、本を読みながら家庭の切り盛りも上手くできたかもしれない。でも私には、それが精一杯だったの」と遠い日を思い出していました。

 私はそれを聞いたとき「この恵まれたか環境をありがたく思い、その時々を精一杯大切に生きよう」と心から思いました。

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