長谷川正徳のちょっといい話

第86話 天に向かってツバをはく

天に向かってツバをはく 挿絵

 昔から「人の口には戸は立てられない」と言います。人の口は恐ろしく無責任なもの、自分の都合の良いように言ってしまいがちです。うわさとか陰口と言うものは事実と違って随分とでたらめなことがよくあります。

 お釈迦さまのとかれた物語に次のようなものがあります。

 ある男が、お釈迦さまが多くの人たちから尊敬される様子を見てしゃくにさわり、ある日のこと、道で出会ったのを幸いに、群集の中で口汚なくお釈迦さまをののしりました。しかしお釈迦さまはただ黙ってその男の言葉を聞いておられました。さんざん悪態をついていたその男は、どんな悪口を言っても一言も言葉を返されないお釈迦さまに張り合いを失い、最後にはとうとうしゃべり疲れて黙り込んでしましました。その時にお釈迦さまは静かにその男にたずねました。

 「若し他人に贈物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈物は一体誰のものだろうか」

 こう聞かれた男は、つっぱねるように「そりゃいうまでもないわい。受け取らなかったら贈ろうとした者のもんじゃわい。判りきったことを聞くな」と答えました。男が答えてすぐ「あっ」と気づきました。

 お釈迦さまは静かにこう続けられます。「そうだよ。今おまえは私をののしったが私はそのののしりを少しも受け取らなかった。だからおまえが言ったこと全て、おまえが受け取ることになるんだよ」男は言い返す術なく、すごすごと群衆の中へ消え去ってしまいました。

 “天に向かってツバを吐く”。言葉も行いも、いずれ自分に返ってくるものです。

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