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第76話  勘違い親孝行その2


挿し絵  高校のヤンチャな生徒相手に翻弄され、ある意味で挫折し、23歳で東京の実家に戻った私は、ルンルン気分だった。ガールフレンドといつでも会えるようになったからだ。

 その彼女と25歳で結婚した。彼女の歳は書かないでおく(ヒントは私と同級生デアル)。
 結婚してすぐに、ツワリが始まった。もちろん私ではなく、家内に、である。明治以降120年も住職不在の寺に入った私たち新夫婦は、檀家さんには興味津々だったようだ。

 色々な人から、お腹が横に出てるから女の子ですよとか、奥さんの顔がきつくなったからきっと男の子ですよ、などとお節介なことこの上ない。
 “最初は女の子のほうが育てやすいから、女の子のほうがいいですよ”もあれば、“跡取り考えれば男の子がいいわね”と近所中が、姑状態だった。 それに対して私も、男の子なら一緒にカレーを食べたら勇ましいだろうなとか、女の子なら洗濯物がカラフルでいいな、などと夢想していた。

 そうして40週がすぎた1月20日の夕方、破水。急いで産科へ連れていく。
 分娩室に入る家内を廊下で見送った私は、さて……と、することがない。待合室の女性雑誌は全部読み終え、人気のないのを確かめて、部屋の隅あったシリコンでできた乳ガンのシコリ発見用のおっぱいをフニャッとつかんでみたりする。それほどやることが無いのだ。
 やがて、看護婦さんが陣痛の間隔が短くなったことを知らせに来てくれる。その時には、生まれてくる子が男とか女なんて、どうでも良かった。母子ともに無事であればそれで良かった。数時間後、一つの命が呱々の産声をあげた。
 元気な男の子ですよ、お母さんも元気ですという看護婦さんの言葉を聞いて、私は4年前に聞いた、同僚の先生が老僧から言われた言葉をまったく突然に思い出した。

  君が無事に生まれただけで、親孝行の8割は済んでいる……

 本当にそうだと思った。残りの2割は、自分がどのように生きていくかで返すしかないだろうと思う。
 ちなみに、自分の親に向かって“私は生まれただけで、親孝行の8割は済んでるはずだからね”なんて、親孝行を帳消しにするようなことは言っちゃダメです。

 さて次回は、久しぶりにいただいたお題「トラウマを克服する」でいきます。
 私にとっては、トラウマの克服より、このお題をどんな文章で克服するかが問題だ……
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