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第91話  このお経いつ終わるんだろう(小説風)


挿し絵  このお経はいつ終わるんだろう……わが家の仏間に正座した親戚、家族の誰もが、そう思っていた。すでに、お坊さんのお経が始まって2分ほど経過していた。

 わが家は今年の夏、新盆をむかえた。"わしが初代の先祖になるんだ"と満足気だった父が今年の初めに亡くなったのだ。父は三男坊で東京に出てきて結婚をした。田舎の実家に墓はあるがそこは長兄が跡を取っているから、父は東京にお墓を用意しなければならなかった。
 親戚の冠婚葬祭は今まで全部父と母がやっていたので、私たち若夫婦はお寺のことは何も知らない。住職の本名はおろか、実家のお寺や檀家になったお寺が何宗なのかも知らない。
 それでも、母が“今年は新盆だから、お坊さんにお経をあげてもらうように、お寺で頼んできたからね”と言った時には、そういうものかと思った程度だった。こういう時には親戚にも声をかけるものだと知り合いに教えられたので、父の兄弟たちに声をかけた。

 お坊さんが来るのは11時だというのに、親戚は10時には集まっていた。葬儀以来の顔合わせで近況報告やら昔話に花が咲いていた。
 やがて、汗だくになったお坊さんが“おあつーございます”とやってきた。タオル地の大きめのハンドタオルで首から上をグリグリゴシゴシと拭いた。タオルにはクリスチャン・ディオールのマークがついていた。仏間に案内すると、お坊さんは何かムニャムニャ言いながら座った。ろうそくに灯を点け、お線香を立て、鐘をチーンとやる姿はさすがにキマッテいた。
 しばらくして私は腕時計を見た。だが、お経が始まってまだ4分。お尻の下で足を組み直すと、チーンと音がして数珠をこする音がした。
 “ご無礼しました”
とお坊さんが向き直って頭を下げた。えっ?もう終わり……?と一同が少し呆気に取られているとお坊さんが言った。
 “すみませんでしたね。拝んでいたら、亡くなったお父さんが「住職さん、後ろで座っている人たちには、お経がどれくらいで終わるかわからないから、ヤキモキしてる。できれば、何分くらいので終わるのか言っておいてくれるといいんだがな」という声が聞こえたんです。最初に5分のお経ですって言えば良かったですね”

 次のお宅からは最初に言うことにします、と言いながらお坊さんは帰っていった。その後、みんなで食事をしながら、本当に父がそうお坊さんに伝えたのか、それとも私たちの思いが通じたのかの議論でしばらく盛り上がった。いい新盆だった。

――今回はこの夏、実際にあった話を施主の目から見て、ちょっと(かなり?)脚色して書かせてもらいました。

 さて次回は、私に「お前はまだ井の中の蛙だよ」と言った先輩のお坊さんへの私の仕返しについて書きます。
「井戸の蛙」と言われて悔しい思いをしている人、読んでみて。

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