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第94話  僕がヒーローだった頃の「敵」


挿し絵  小学生のころ、戦隊もののヒーローになるのが得意だった。
敵はブラック××やダーク△△だ。一人で悪役のセリフまでこなしながら、他の人には見えないであろう宿敵と立ち向かい、見事に戦い、そして勝利したものだ(あたりまえだ。負けるはずがない)。

 ある夏休みのこと。一人で公園に行ったら、誰の目にもあきらかな悪者が何やら不穏な動きをみせていた。普通に見れば、それは熱い地面を歩く蟻の行列にしか見えなかったはずだ。しかし、僕はすぐにそれが悪の軍団ブラックアリーだと直感し、へんてこりんなポーズと共にヒーローに変身した(なぜかこういう時には、ロボット戦隊になる)。
まず、敵の先頭集団とおぼしきあたりを右足で撃破。地面でペシャンコになった数十匹のブラックアリー。サンダルの裏にも数匹ついていたはずだ。つづいて敵の指揮系統を分断するために、列の中程をひと踏み。ガッシャーンという効果音も忘れない。あわてて逃げまどう悪党どもも一匹ずつ狙いをつけて踏みつぶす。

 その時だ。肩をやさしくたたかれた。
「ねえ、きみ」。
見るとお坊さんが隣に立っていた。黒い着物をきていたので僕の脳裏には「こいつの名前は……、ええと、ブラック……」。ヒーローらしく毅然とした顔をしていると、お坊さんが言った。
「いま君が踏んだ蟻にも、家で待ってるお父さんやお母さんがいるんだよ。兄弟だっているかもしれない」

 地面を見た僕の目に映ったのは、敵ではなく、何も悪いことをしていない、そして二度と家族のもとに帰ることができない蟻たちの殺された姿だった。その時、僕はヒーローではあり得なかった。僕は泣いた。悪者は、僕自身だった……。

 今でも、僕は敵キャラを殺すゲームが好きじゃない。ギャッとうめき声をあげて死んでいく敵キャラも、かわいいペットが家で待っているかもしれない。もしかしたら来週、友だちと会う約束をして、それを楽しみにしている奴かもしれない――そう思ってしまうからだ。
 そんな僕を、友だちのAは感情移入しすぎだとバカにする。なるほど、家で蚊やゴキブリを叩く時、僕はごめんと言うけど、Aの家に遊びに行った時、彼はざまあみろと言い捨てる。正直言って、僕にはAがいい奴だとは思えない。

(平成16年7月15日、『仏教タイムス』より)

 さて次回は、お彼岸が終わってしまいますが、彼岸(悟りの岸)に渡る方法の一つ、布施について書いてみます。
旦那とドネーションの意外な関係について、仏教豆知識的にお読みいただければ幸いです。
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