ちょっといい話

第184話 前向きと重心

挿し絵 ライブハウスで毎月やらせてもらっている聲明ライブで、今年になって3回一緒に参加してくれているバンド「輪(わ)」。人を元気に、あたたかくしてくれる松谷将之、森貴志、つるよしのりの元気な3人組。密蔵院で年に二度ほどおでんパーティをする仲間である。

 7月のライブの時、パーカッションとお話担当のツルちゃん(障害者のガイドヘルパーをしている)が、曲の間にこんなことを言った。

「最近、僕の友だちの間で、よく子供が生まれるんです。あっちで生まれた、こっちでもうすぐ生まれるって。それだからなのか分からないいんですけど、ふと思ったんです。人の誕生っていうのは、どう考えても前向きな現象でしょ。これから、人生とか何かが始まる!みたいな。
世の中色々なことがあって、落ち込んだりする時がありますけど、考えてみれば、僕たちは、もともと前向きに生まれているわけですから、生きていくのも前向きじゃないとモッタイナイと、僕は思ったりしているわけで……。じゃあ、そろそろ、次の曲、いきますかぁ?」

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 人の誕生を“前向きな現象”と表現したことがなかった私は、ツルちゃんの一言にハッとした。ガイドヘルパーとして働き、障害者のバンド“サルサ・ガムテープ”の一員でもある彼から発せられた言葉だけに、サラリと言ってのけたにも関わらず、“もともと前向きに生まれている”という言葉は重かった。
 仏教の勤行で最初に唱えられるものに、次のような文章があります。
「人身受け難し今すでに受く。仏法聞き難し今すでに聞く。この身今生(こんじょう)において度(ど)せずんば、さらに何(いず)れの生(しょう)においてかこの身を度せん」
――人の身は受けがたいものなのに今こうして人の身として生まれた。仏の教えも聞きがたいものなのに今こうして聞くことができた。こうした縁に恵まれているのだから、今、この人生の間に悟りを目指せないで、いったいいつ目指そうというのか――

 私たちは、自分が生まれたということを、どんな言葉で紡ぎ出していけるのだろう。そこで紡ぎ出された糸が、やがて錦の布となって人生を彩るに違いないと、私は思うのだ。
 「輪」の歌う曲は、どれもが前向きであり、若者らしい感性に溢れ、人の温かさ、エネルギー、絆、和をモチーフにしている。その中で、今のところ一曲だけ例外がある。「ビールのことを坊さんは麦般若って言うんだよ」という私の言葉から生まれた乾杯ソング『麦般若』がそれである。

 しまった。今回のタイトル“前向きと重心”の“重心”について書くスペースが無くなった。次回はメインを“重心”に絞ってお送りする、題して“重心と前向き”!――ありゃりゃ、語順を逆にしただけじゃ……。