佐藤俊明のちょっといい話

第31話 いまここに生きる

いまここに生きる  挿絵

 道元禅師は二十四歳のとき、真実の仏法を求めて、明全和尚とともに入宋した。
 青年僧道元が天童山景徳寺(浙江省)におったときのこと、ある日、病気療養中の明全和尚を見舞うため、東の回廊を通って仏殿の前まで来ると、一人の老僧が敷き瓦の上に茸を並べて干している。見れば典座(てんぞ:食事を司る最高責任者)の用(ゆう)和尚である。
 手に竹の杖をつき、暑いのに笠もかぶらず、汗だくになって作務(仕事)に余念がない。こんなときの作務は若い人でさえらくでないのに、古希に近い老僧ともなるとまことに痛々しい。

 若き留学僧道元は用和尚の側に歩み寄り、
「ご高齢のご老師がそんなことをなさらずに、誰が若い者にやらせてはいかがですか」
と思いやりの言葉を述べた。すると、
「他は是れ吾にあらず」(他人のしたことは、わしのしたことにならんでのう)
まことに厳しく鋭い言葉がはね返ってきた。ぎくりとしたが道元はさらに、
「まことにそのとおりではございますが、いまは暑いさかりですし、いま少しお休みになられてはいかがでしょう。お体に無理があるといけませんから」
と、いたわりの言葉をかけた。すると、用和尚は毅然として、
「更にいずれの時をか待たん」(ひとたび去って還らぬこの時を過ごして、またいずれの時をか待とうといわっしゃるのか)と答えて、作務の手を休めなかった。
道元は、
「山僧すなわち休す」
と、絶句して、
「廊を歩する脚下、潜かにこの職の機要たるを覚ゆ」
と結んでいる。
「他に是れ吾にあらず」、これは空間的位置ここを決定した言葉であり、「更にいずれの時をか待たん」は時間の位置いまの決定である。他人でなく自分(ここ)、あとでなく(いま)、このいまとここのクロスしたところが現実であり、道元禅師はこれを「而今(にこん)」という。

 今日ほど社会の進展変貌のはげしい時代はないであろう。技術革新は単に生産工程の一部を変えるだけでなく、産業構造から社会構造までアッという間に変えてしまい、新興勢力のかげには没落の悲運に泣く多くの人がいる。
 したがって、世の中が、いつ、どんな方向に、どんなふうに変わるかは誰しもが知りたいところである。しかしそれは、コップを床に落せば割れることはわかっても、いくつの破片に割れるかはわからないと同様、誰にもはっきりしたことはわからない。
 不確かな未来は他人と同様であてにならないし、過ぎ去った時を呼び戻すことはできない。するとこの世の中でもっとも確実なのはいまここの一点「而今」でしかない。
 だとすると、いまここの一点に生命を完全燃焼させることがもっとも確実な賢明な生き方ではないか。

   他不是吾(他は是れ吾にあらず)
   更待何時(更に何れの時をか待たん)

いま、ここに生きることを端的に表明した言葉。

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