佐藤俊明のちょっといい話

第49話 この紋所が眼に入らぬか

この紋所が眼に入らぬか  挿絵

 テレビ「大岡越前」を時折見ているが彼が伊勢の山田奉行所時代のエピソード。

 ある、殺生禁断の場所に、夜、一人の少年が現れ、網を打って魚を捕っているという噂が流れた。捕り手が張り込んで咎めると、その少年、いきなり提灯を突きつけ、
「この紋所が眼にはいらぬか。無礼をはたらくとそのままには捨て置かぬゾ」
と怒鳴る。
 なるほどよく見ると徳川家の葵の紋所である。したがってこの少年は紀州家の若殿にきまっており、捕り手はどうすることもできず、引き下がるしかなかった。

 この報告を聞いた忠相は、
「それはけしからん」
といい、その翌晩、少年が来ているというしらせを受けるや、すぐに三人の捕り手を連れて自ら現場に駆けつけ、いきなり怒鳴りつけた。
「殺生禁断の場所もはばからず網をいれるとは不届千万。何者じゃ」
 少年は落ち着き払って例のごとく「この紋所が眼にはいらぬか」と怒鳴る。
しかし忠相、少しも驚かず、
「何をこやつ。ご紋をたばかる不届者め! それっ引っ立てろ」
と少年を一晩留め置き、翌朝早々白州へ呼び出し、
「殺生禁断の場所へ網を入れたばかりか、ご紋をたばかった罪は許し難いが、まだ少年の身であるゆえ、特別のはからいをもって今回限り差し許す。しかし今後再びかようなことがあれば容赦なく処罰するぞ」
と叱りつけ放免した。

 この巧みな忠相の処置に感じた少年こそ、忠相を江戸町奉行に抜擢したのちの八代将軍吉宗だった。

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