佐藤俊明のちょっといい話

第68話 平常心これ道

平常心これ道 挿絵

 西郷隆盛が郷里鹿児島にいたころの話。幕臣の中でも腕に覚えのある3人が会談の結果、
「今後討幕の首領となるのは西郷であろう。いまの内に倒しておかぬと幕府の一大事になろう」
ということになった。
 そこでその三人、当時西郷を知っているという勝海舟を訪ね、紹介状を書いてもらい、それをもって西郷暗殺のため鹿児島に出かけた。

 その紹介状には
「この三名は幕府の名のある剣士で、貴殿を殺さんがため、そちらに赴くものである。何卒接見の栄を与えられたい」
と書いてあった。
 勝海舟は西郷の大人物であることをすでに見抜いており、彼を殺してはならぬと考え、わざと紹介状にそのことを書いたのであった。

 その三人が鹿児島に着き、西郷家を訪ねると、
「おう!」
と答えて出てきた肥大漢を見て三人は書生と思い、
「西郷先生はご在宅なればお目にかかりたい」
と、紹介状を差し出した。

 その大男、三人を座敷に案内して、
「これは勝さんの紹介状でごわすか。おいどんが西郷でごわす。では拝見いたそう」
と言って、顔色一つ変えず読み終わり、三人の顔を見返し、
「この紹介状には、おいどんを殺しに来られたと書いてごわす」と言った。
 三人が愕然として色を失っていると、西郷は、言葉をついで
「それはそれは遠路ご苦労でごわした」と言った。

 西郷の平素と変わらぬ温顔と剛胆にどぎもを抜かれた三人はそこそこと辞し去ったという。

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