菅野秀浩のちょっといい話

第7話 おかげさまⅡ

おかげさまⅡ 挿絵

 1995年(平成7年)は、日本におけるボランティア元年という方がいる。

 あの恐ろしくも痛ましい、阪神大地震災害の起こった年である。あの日を境に、全国より被災地に対する援助の手がさしのべられ、たくさんの方々が現地へ駆けつけ、現在もなお、奉仕活動を続けている方もいらっしゃる。

 それを裏付けるように、その後起こった災害へは、いち早く救済のために、身を呈して、多くの方が奉仕活動をなさった。

 その素晴らしい活躍を非難する気持ちは毛頭ないが、ボランティアという奉仕が国外からもたらされて、日本に定着した活動ように思われていることに、異議を唱えたい。

 キリスト圏において、ボランティアやホスピスなどの救済や医療活動が確立するのは、実に1800年代の後半から、20世紀初頭の事で、開教後もずっと後で、そんなに歴史はないと認識しているが、「愛」の行為には奉仕という意味合いはあるが、その行為が奉仕者に撥ねかえって、奉仕者自身を向上させ、神格への手立ての証しと考えが至るのは、前述の如くずっと後なのである。

 一方仏教では、「慈悲」のなかには、まず奉仕があり、その対象者の「おかげ」で仏に至る、菩薩の道(成仏)が拓けるのである。
即ち、「慈悲」は、させて戴くという、見返りを考えない「ボランティア」である。

 「おかげさま」を日常とする日本は、ずっと昔から「ボランティア」の国なのである。

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