菅野秀浩のちょっといい話

第33話 消える美学

消える美学 挿絵

 毎日漫然と過ごしていると、緊張感というか、感覚や反応も鈍くなって、物事をなおざりにしたり、明日に持ち越したりは当たり前で、近頃の便利さが、今という時の大切さを、忘れさせるように仕向けるのか、一々記憶する煩わしさの逃避をも増長させるらしい。

 コンピューターやビデオ、コピー、携帯電話、事務機器、など全てが、今を記録保存してくれるから、対峙する緊張感も薄れる。

 仕事や情報は、まこと至便でありがたいが、現代社会の文化や生活の分野に、要らぬ記録が及んでくると警告を発しざるをえない。

 今、テレビ番組は食べ物と温泉旅館で構成されて幾久しいが、辟易としているのは誰も同じと思うが、固定した視聴率を稼ぐから成り立っている訳で、文句は言えない。

 しかし、食感や体感は、自分の舌や皮膚の感覚で味わうもので、人様が「美味しい!」なんて貧しい語彙で表現したり、浸かりもしない温泉の熱さや、もてなしの感激を伝えても、うっかり信用しないことである。

 本来、食や芸は瞬間に消えていくもので、人に依って去来し、瞬間の出逢いが、極めて重要な要点で、記録や評価は無用である。

 瞬間は一度しかないし、職人や芸人との一瞬の機微や駆け引きが肝心で、大層な事だが、今やこの刻は二度とない覚悟が肝心である。

 味覚や聴覚、視覚は、再びまみえないから、常に作り手との適度な緊張感と、研ぎ澄ました自分の繊細な感覚が大事なのである。

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