菅野秀浩のちょっといい話

第34話 瞬時の邂逅

瞬時の邂逅 挿絵

 今更、食通や芸通を気取って、粋人ぶったりはしないが、日本人だけがもつ味覚や視覚、聴覚は、格別のものだと自負をしている。

 しかしこの頃の、安直で、マスコミや情報過多に踊らされている風潮に苦言を呈したい。

 やたら高額なものに(得てして店の思惑通りにはまって)妙に感激して悦に入ったり、ラーメンなんて大衆食にも(これが又、妙にこだわる店主や客がいて)、したり顔で能書きをいう輩もいる。

 曾て吾が先輩には、今のテレビや食のガイドブックのようではなく、本物飲みがもつ世界や心意気、主人との駆け引きを、その遊びの中でさりげなく伝授して下されたものが多く、忘れられない感動と共に、味覚や聴覚を磨く習練になってきていた。

 食や芸は出逢いに瞬時に消えてゆき、二度の逢瀬はない。自分の体の調子や食への期待、食材の時期と鮮度、作り手と素材との戦い、職人の技量、その上に主人と客の意気と間合い等、その日の味覚の全ての条件が揃うことは絶対にありえない。だから、消えゆく刻のさりげない緊張が感動を呼び、心に残る。

 食通の方の本を読んでも、味覚は伝わらない。それは、その場の雰囲気や食材、それにも増して主人と客との出逢いや親しみが、味にこもるからで、味それよりも瞬時の邂逅に賭ける駆け引きが表現されるからなのだ。

 日本人の味覚は、「一期一会」。

 昔から誰もが知っていることである。

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