菅野秀浩のちょっといい話

第36話 伝承

伝承 挿絵

 日本の文化の伝承というものは、極一部のものを除いては、古来より血族意識と秘密性に守られて、器の水を一滴も残さず別の器に移すようにして伝わった。その型は多分お大師様が、密教を正嫡の弟子へ師資相承したあたりが因と思われるが、実に巧妙に確かな方法で、技や仕草が職方や芸人の家や人に、血統の字句が示すとうり継承された。

 これは伝承の差別性ではなく、ものを伝え絶やさないという前提の上に、技を練磨し、さらに向上させるためであったと推測する。即ち、数多の弟子に技を競わせ、技量がそれに達せねば、継承はされないし、技の向上が伝承の将来を約束し、継ぐからである。

 この事は、古典と言われるもの全てに当てはまるし、市井に隠れた名もない職方の技や、華やかに脚光を浴びる主役を陰で支える裏方にも、脈々と流れて受け継がれて来た。

 しかし、昨今ではこの伝承方法が、極めて難しくなりつつある。

 きちんと社会の認定を受けて、文化財として登録された家柄や古典の諸芸はまだしも、職人や商家のように将来を約束されない伝承は、風前の灯火のようなものもある。

 原因は、将来を案じたり、苦労の報われなさを嘆いたり、継承者自らも他の仕事に憧れたりもすることにもあるが、実の所は、これらを育て養う、伝承を見守る、妥協を許さぬ、洗練された旦那衆の、厳しい眼力と批評が薄れたせいなのである。

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