長谷川正徳のちょっといい話

第19話 天下を持つ身に愉快はない

天下を持つ身に愉快はない 挿絵

 八代将軍徳川吉宗は、十五代中での名君といわれる人物であった。
 ある夏の夕、大奥で尼さんが湯浴みをして、いい気持らしいのをみて、

 「ご機嫌じゃのう」

と言った。

 「はい、天下を取ったようないい心地にございます」

と言うと、吉宗は笑いながら、

 「何を申すか、天下を持つ身に何の愉快があろう。
天下国家のこと、日夜一時も忘れることはない。
天道を尊び、神仏を敬い、瑣瑣たるこぞ(こまかいこと)まで気を使う。
いやもう、途方もない苦しいことよ」

と言ったという。
 吉宗在職三十年、その治世は「享保の治」といって、徳川三百年の間、最もすぐれたものであったという。

 ところで、口を開けば、「国家、国民のため」といい、いかにも金銭に無頓着なとぼけた風貌をしていた政治家がとうとうつかまった。
政治献金といって集めた金の中から、平気でネコババ的に私財として蓄積。
それも、われわれ庶民には想像を絶する巨額である。

 昔は政治家になると、井戸と塀を残して財産全部を失う人が多かった。
世にこれを「井戸・塀』という。
今は井戸塀の政治家像など全くない。
神武景気、岩戸景気と騒いでいるうちに、日本人は大切な「心の宝」を失ってしまったのではないか。

 いま一番大切な日本の課題は、「カネ」にも「モノ」にも振り回されることのない確固たる「自分自身」の鍛錬なのではないか。
 選挙区をどうするということの前に、政治家をはじめとする日本人の根本的な人間改革が肝心要であろう。

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