ちょっといい話

第125話 病の流れ流れて行くところ?

挿し絵  今回の“都鳥”さんからのお題は、最後の?マークが、じつに深いです。病をかかえている方の心の揺らぎがそのまま出ているような気がします。
 幸いなことに私は、入院はおろか、通院するような病気にもなったことがありません(そんなDNAを私まで引き継いでくれた両親や先祖に感謝である)。だから、病気の人の心理もわかりようもありません。そこで、今回は、50代から初期胃ガンで胃を半分切除し⇒顔面痙攣で頭蓋骨に穴をあけて神経と血管の間に石綿を挟むブロック療法をし⇒最初の胃ガンの手術の輸血がもとでC型肝炎から肝硬変⇒食道静脈瘤をモグラ叩きのように硬化療法で潰し⇒肝臓ガンで72歳で逝っちゃった父(フーッ長っ!)が、晩年に色紙に書いた言葉の一部をご紹介します。

 まずは、体調がすぐれない時に「もうダメだ」と言っては、家族を困らせた父的言い訳。
死ぬ死ぬと 言う人に限り 長生きと だから私ハ 死ぬという
「そろそろ死んじゃうかも」と言われる家族はその言葉にどう対応してよいか分かりません。他にも次の言葉があります。
死ぬ死ぬと 言いつつ 生きる お年寄り
さて、身体のあちこちが痛んでいた父は、その痛みは何のためかを考えたようです。そこで書いた言葉。
痛み苦しみ支払い手形 しょせん帰りの片道切符
払えるうちに払っておけば いざという時ゃ フリーパス
次の言葉は、父の好きだった古河メロディ♪人生劇場♪の節で歌えるようにと作った“お別れ説教うた”の一節から。
世話をやかせるつもりじゃないが そこははがゆい病の仕業
ありがたいとは思っていても ついついわがまま先に立つ
そして、死について、父のひとつの悟りを歌ったもの。“次生のうた”と題されています。
死んでとぎれるいのちじゃないよ 限り果てない大きな世界
用意支度は何もいらぬ またたき一つでもうあの世
 最後に私の一番好きな詩を一つ。
自分の人生を振り返って、父は“密厳風光”と題した詩を書き残しました。密厳というのは、大日如来の浄土のことで、私たちの世界も自然も丸ごと包まれた世界のことです。
夕陽の暮れた 光りの川で鬼ごっこ
朝日の昇る いのちの森でかくれんぼ
 さて、次回は、ペンネームwitchさんからのリクエスト“運命の人”を頂戴して「ソウルメイト」でいきます。「袖すり合うも他生の縁」を「袖すり合うも多少の縁」なんて思っている人、読んでみて。