ちょっといい話

第138話 ホンコン風が吹いた

挿し絵  娘の高校の姉妹校(オーストラリア)から、10日間(9/17〜26)の日程で交換留学生が11人きた。一週間前になっても2人分の受け入れ家庭(ホストファミリー)が決まらなくて、我が家に白羽の矢がたった。
 我が家の子供3人はきわめて英語の学力が高くなく(かなり彼らに気をつかった表現をしております)、家内も英語からはなれて30年を経過……。そんな家庭で10日間も日本語を喋れない子を預かれるの?加えてカレンダーを見ると忙しいお彼岸の一週間がバッチリ重なってる。しかし、ものは考えようで彼岸中なら私はだいたい寺にいる。その私はまあ日常会話くらいなら英語が話せる。“面白そうだから受けようよ!”といつもの私の軽いノリで決定。アニー(16才、一人っ子)という子を成田空港まで迎えに行った。

 空港ロビーに出てきた子は全員中国系の女の子たち。アニーも、香港生まれの香港育ち。二年前両親と共にオーストラリアへ移住したという。両親は上海生まれで、47才のお父さん(私と同い年)は香港でマーケティングの仕事をしていたらしい。“していた”というのは、つまりもう引退しているという意味でもある。現在は何もしていないそうだ。察するにお金は充分すぎるくらいあるのだろう。
 娘は空港で早速アニーとのツーショット写真を撮って、携帯電話で兄にその写真を送った。でないと、家でアニーを迎える二人の兄たちの心の準備ができないのだそうだ。娘はアニーに何を言っていいのか分からずモジモジ……。家内は単語羅列型英語と猛烈型日本語で、早くも食べ物の好き嫌いなどを聞きまくる。ところが英語と日本語の語順が逆になることなどとっくの昔に忘れているものだから、“天ぷら?イート(eat)?!”(天ぷらが食べます)とか、“ジェット?タイアード?”(本人は飛行機の長旅で疲れたでしょ?と言いたかったのだが、ジェットが疲労した?と航空会社の社員のセリフになってしまう)など、隣で英語の通訳を英語でするという不思議な体験をした。
 初めての日本。アニーにとっては習慣の違いを生で体験する貴重な場である。家の玄関で靴を脱ぎ揃える。家を出る時には、いってきます。帰ってきたら、ただいま。ご飯の前には合掌して、いただきます。そして、ごちそうさま。加えて我が家の習慣もある。洗濯物はちゃんと籠に入れておく。飼っている犬にはしっかり声をかけてやる等々。

 ところが彼女が滞在して4日目になって気がついた。緊張しているのはアニーだけではく、我が家の誰もが緊張しているのだ。否、アニーという香港からの風が、我が家のよどんでいた空気を新鮮なものにしてくれていた。家族みんながアニーのお手本になるように靴を揃えて脱ぐようになり、洗濯物をしっかり籠に入れるようになった。アニーになるべく声をかけることも忘れない。家の中でもやるべき人への気づかい……。16才の若い風が大切なものを運んで来てくれたのだ。アニーを引き受けて良かったと思った。

 次回は、アニーとのエピソードの一つを“分かりあうための言葉”と題してご紹介します。娘が学校で友だちに言われた「英語得意じゃないのに、よくアニーを引き受けたね」を、私がアニーに伝えた時、アニーが言ったオドロキの言葉は……