ちょっといい話

第139話 分かりあうための言葉

挿し絵  (この話は第138話 ホンコン風が吹いたからの続きです)
 10日間の交換留学生の受け入れ。学校側は、オーストラリアの姉妹校からやってくる高校生達をお客さん扱いはしなくていいですと言ってくれた。しかし、たった10日間、そうはいかないのが日本人だ。すき焼き、天ぷら、手巻き寿司、焼き肉、インド料理など、この10日間、我が家の夕飯はスサマジイものになった。16才のアニーはどれも、ヤミー(yummy = 美味しい)と言って食べた。タッキーの大ファンの彼女は、日本でしか手に入らないCDや本をお小遣いの限りをつくして買った。NHKの“義経”も言葉がわからないのに瞳にハートマークを100個くらい点灯させて見入っていた。

 さて、9月20日。彼女がやってきてから4日目の晩のことである。土曜にやってきたアニーは、日曜と敬老の日を過ごして、初めての日本の高校への通学日だ。彼岸の入りで家内も私もお線香つけでクタクタ。上の二人の兄たちは用事があって出かけていたので、4人で近所の焼肉レストランへ行った。娘もバドミントンの部活があって、みんな疲れていたようだった。
 食事をしていると娘が私に言った。
「今日学校へ行ったら友だちに“よく交換留学生を引き受けたね”って言われたんだよ」
 この友だちの疑問はまことに正しい。なぜなら、娘は英語が大の苦手なのだ。おまけにアニーは滞在中、娘と同室である。ほとんど英語が話せない娘とぜんぜん日本語が話せないアニー。私はアニーに英語で言った。
「あのね、この子が言うには、今日学校へ行ったら友だちに、そんなに英語ができないのによく交換留学生を引き受けたねって言われたんだって」
 するとアニーは日本語で「オオ、ダイジョウブ」と答えてから、英語で私に言った。
「私は彼女と一緒にこの3日間、毎晩遅くまでタッキーのこと、音楽のこと、そのほかにもたくさんのことを話してるんです。確かに言葉はなかなか通じないかもしれないけど、私は彼女に英語を教えるために来たのでもないし、彼女は私に日本語を教えるためにいるのでもありません。言葉の目的って、お互いの心を通じ合わせることでしょ。だとしたら、言葉なんかカタコトでも、私たちはもう充分、お互いが分かりあえているんです。だから、ぜんぜん問題ありません」

 まさか高校一年生の女の子から、こんなしっかりした考えを聞こうとは思ってもみなかった。私はオドロイタ。娘と家内にアニーが言ったことを伝えると、二人とも目玉を丸くした。焼肉を食べ終わるころ、不思議なことに4人とも元気になっていた。
 翌日、私はアニーが言ったことを反芻して思った。

オレ ハ マイニチ コトバ ヲ シャベッテ イナガラ、ナント アイテ ノ ココロ ヲ ワカロウト シテ イナイノダロウ……

さて、次回は兵庫の山口さんからいただいた、謎のお題「二股大根、八百屋の隅に捨ててある」でいきます。こういうお題はイメージしやすくていいですが、書きづらいなぁ……さて、どうやって仏教で割るか、お楽しみに!