ちょっといい話

第168話 八つぁん、熊さんの仏教問答 I

挿し絵 えー、毎度「ちょっといい話」お読みいただき、ありがとうございます。今回は、少々趣向を変えまして、というより、ちょっと訳ありのツマラヌお話にお付き合いをいただこうってぇ、寸法でございます。芝居の台本を読むように(そんなもの読んだことない?)、お読みいただければ幸いです。

登場人物
     和尚  (五十歳に近い。駄洒落好き。声がデカイ)
     熊吉  (町で小さな水道工事店を営む。女房の趣味でこざっぱりとユニクロの洋服を着こなす。三十歳半ば。地図が読めない。)
     八五郎 (熊吉の店のアルバイト。熊吉の中学の後輩。二十歳後半。オタク系。人の話をちゃんと聞かない)
     和尚の女房(四十歳半ばのい〜〜い女)

[土曜の昼下がり。晴れ。舞台上手(右側)にお寺の本堂の入り口。中から掃除機の音が聞こえる。下手から熊吉と八五郎、登場]

八五郎 でも熊さん、そんなこと和尚に聞いていいんですか?
熊吉   だって、寺の和尚だぞ。仏教のこと聞くのに何の遠慮がいるんだ?
八五郎 そりゃ、そりゃそうかもしれないけど。一年くらい前に、墓参りのついでに和尚と世間話したとき、「八つぁん、お坊さんと親しくしたいと思ったら仏教のことは聞かない方がいいっていうブラックジョークがあるの知ってる?」って聞かれたんですよ。
熊吉   へえ、和尚、そんなこと言ったのか。
八五郎 だもん、あまり仏教の質問は、しないほうがいいんじゃないかと……
熊吉   でもよ、何気なく「先祖の供養」って言ったら、うちのガキが「供養ってどういう意味だ」ってうるさいんだ。いつの頃からか俺だって使ってる言葉だが、そんこと知らねえなんて言えば、父親の股間にかかわるじゃねえか。
八五郎 それを言うなら、沽券にかかわるだろ。

(掃除機の音がやんで、作務衣姿の和尚が、掃除機片手に本堂から顔を出す)

和尚   なんだ、さっきから表で話し声が聞こえてるから誰だろうと思ったら、熊さんと八つぁんか。何をブツブツ言ってるんだい?
八五郎 ああ、どうも。和尚。(熊吉に向かって)聞いた?寺だけに、ブツブツだってさ。
熊吉   シッ。(和尚に向かって)おっ、珍しい。掃除ですか?
和尚   珍しいって何だよ。ちゃんといつも、やってるよ。
八五郎 えっ?その嘘、ホントですか?
和尚   ……。
熊吉   (八五郎の頭を叩いて)
       すいません。こいつ時々、へんなことを。
和尚   いやいや、かえって楽しいよ。先月だって、八つぁんは「和尚は屏風に上手に坊主の絵を描けるか」って聞きに来たくらいだからね。
八五郎 まだ覚えてるんですか?いやだなあ。ありゃ、冗談ですよ。
熊吉   なんだお前。そんなこと聞いたのか。だからブラックジョークの話なんか出るんだよ。
和尚   ブラックジョーク?
熊吉   いや、こっちの話で。

(和尚掃除機を置いて、本堂入り口に出る)

和尚   で、今日はどうしたんだい?
熊吉   それがどうも、恥ずかしい話なんですが、供養ってどういう意味か教えてもらいたくて来ました。
和尚   先祖の供養とか仏の供養の供養かい?
熊吉   そうです。
八五郎 そうです。熊さんったら何も知らないんですよ。
熊吉   うるせえな。お前だって知らねえだろうに。
和尚   まあまあ。そうか。そう言えば、そんなことは何となく分かっているだけで、あらためてどういう意味か、なかなか思わないだろうな。
熊吉   そこですよ。知らないままだと、父親の眉間にしわがよる……
八五郎 ははは。沽券にかかわるだよ。まあ、さっきの股間にしわがよるよりはましか。はははは。
熊吉   (八五郎の頭をたたく。八五郎、イテッと言って熊吉を睨む)
       実はうちのガキが教えてくれってうるさくって。
和尚   やっぱりそうか。ヨシ坊の疑問か。
熊吉   そうなんですよ。
和尚   供養っていうのはね、やさしく言えば「もてなし」っていう意味だよ。
八五郎 なんだ。そんじゃあ、熊さんのことじゃねえか。
熊吉   何がよ?
八五郎 だって熊さん、いつもスナック行くと、女の子にモテナイ、モテナイって言っていってるじゃないか。モテルこと無しで、モテナシだ。ははは。こりゃいいや。
熊吉   何がいいんだよ。そうじゃねえよ。和尚は「お持てなし」って言ってるんだよ。そうでしょ。
和尚   ピンポーン!
熊吉   あのね、和尚。八の野郎のバカがうつっちゃたんじゃないですか?今どき、クイズ番組の正解だってピンポーンなんて音はしませんよ。
和尚   そっか。ごめん、ごめん。そう。お持てなしってことだよ。誰かを接待することだ。まあ、普通は仏さまや亡き人をもてなすことを供養って言うみたいだけどね。

(和尚の女房がお茶を運んで来る)

和尚   おお、ちょうどいい。家内が熊さんと八さんの供養をしに来たよ。
八五郎 えっ?冗談じゃねえ。俺はまだ死んでねえ。
和尚   いいんだよ。二人とも、生き仏だ。

 ここで、一旦、休憩であります。この続きは、次週「八つぁん、熊さんの仏教問答 II」で。