ちょっといい話

第169話 八つぁん、熊さんの仏教問答 II

挿し絵 さて、前回からの続き。どうにもならないくらいチグハグな話をしている八五郎、熊吉、和尚に、和尚の奥さんが加わりまして…さて、どうなりますことやら。

女房   熊吉さんに、八五郎さん、いらっしゃい。お茶、どうぞ。
熊吉   ありがとうございます。お邪魔してます。
八五郎 すみません。いつもどうも。お世話になりまして。
女房   いえこちらこそ。住職、へんなこと言ってませんか?
八五郎 いや、この間みたいに「結婚して二十五年もたって、偉くなったから最近は家内の上に御をつけて、オッカナイって呼んでる」なんてことは言ってませんよ。ねえ、和尚?
和尚   (とぼけて)えっ?そんなこと言ったっけ?
女房   (ツンとして、立ち去りながら)べつに、言い訳しなくたっていいですよ。その位じゃへこたれませんから。
熊吉   八!お前がへんなこと言うから、円満な夫婦関係にひびが入るじゃねか。
女房   熊吉さん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。内緒だけどね、最初の結婚記念日に住職がくれた花束には、白い菊が入っていたくらいだから。
和尚   ……
熊吉   白菊ですか……
八五郎 そりゃ綺麗でいいですね。
熊吉   バカ!よけいなことを言うんじゃない。

(三人、気まずい雰囲気の中お茶をすする)

熊吉  (気まずそうに)そう言えば、仏っていうのもよく分かんないですね。
八五郎 ああ、あれは怒りっぽいんですよね。
和尚   すぐぶつぞう、って言いたいんだろ。
八五郎 あれ、和尚、知ってた?
和尚   ああ、一年に五百万回は使うギャグだな。
熊吉   二人とも、へんだよ……。
和尚   八つぁん。ホトケと聞いてまず何を連想する?
八五郎 そりゃあ、死んだ人でしょ。
和尚   そうだな。煩悩がなくなったという意味で仏だね。
熊吉   へえ、そういう意味なんですか。確かに死んじゃったんじゃ、煩悩なんかないわなあ。
和尚   他にもとてもやさしくて、いい人がいたとすると「仏さまみたいな人だ」って言うことないかい?
八五郎 ああ、そう言えば、昔、カアチャンが隣の婆さんのことを、そう言ってたのを聞いたことがある。
和尚   そう言われる人は、世の中の表面的なこと、たとえば損得だとか、人によく見られたいとか、いつかどこかで行き詰まってしまうような考え方はしないもんだよ。
八五郎 俺は昨日から、鼻が詰まってしょうがないですよ。
熊吉   お前は、そうやって、つまらねえ話をするんじゃねえよ。
八五郎 いや、和尚はつまる話をしてたんだよ。ねえ?
和尚   まあ、そうだね。行き詰まってしまうような考え方は、土台がしっかりしてないからだよ。どんな時代でも、どんな場所でも通用する考え方。それを持っていると、人にも優しくできる。もちろん自分の生活にも困らない。
八五郎 そんなにお金が儲かりますか。
和尚   儲かるかどうかは分からない。
八五郎 何だ、つまらねえ。
熊吉   じゃ、儲からなくても生活に困らないってことですか?
和尚   そう。世の中、楽じゃなくても、楽しめることはたくさんあるだろ?それと同じだよ。
熊吉   そうすると、仏さまみたいな人っていうのは、心の中にそういう土台を持っている人ですか?
和尚   そう言えるだろうね。
八五郎 でも、仏さまみたいな人と仏さまとじゃ違うでしょ。
和尚   違わないよ。
八五郎 へえ。じゃ、仏さまは人間かあ。なら、俺だって仏さまになれるってことですか?
和尚   ピンポー……(途中でやめてあらためて)、正解です!
熊吉   和尚の話聞いてると、何だか頭が混乱してくるな……
和尚   そうか。でも、仏教っていうのは、仏さまの教えって書くけど、仏さまになるための教えという意味のほうが大切なんだよ。
熊吉   ますますわかんない。だいたい、法事のたびに読まされてる「般若心経」ってお経だって、チンプンカンプンなのに……
和尚   (何か考えている様子の後、何か思いついたように)
    よし。二人のおかげでいいこと思いついた!今言ったことを、「般若心経」にそってなるべくわかりやすく紙に書いてみるから、毎週土曜日にお寺に取りにおいでよ。
熊吉   へっ?
八五郎 (熊吉に向かって)
    これって、どういう展開?
和尚   (立ちながら)
    そうと決まったら、ぐずぐずしていられない。わるいけど、掃除をすませてしまうから、今日はこれまでだ。それじゃ。

         (本堂の中へ入ると、すぐに掃除機の音)

熊吉   (下手に向かいながら)
    お前っ!何が、坊さんと仲良くするには仏教のことを聞かないのが一番いいだ!えらい事になったじゃねえか。
八五郎 俺が言ったんじゃないよ。和尚が言ったんだ。
熊吉   でもまあ、これも何かのご縁だ。けっこう面白いことになるかもしれねえなあ。お寺だけに、地獄の沙汰も紙芝居って言うしな。
八五郎 それを言うなら「お寺のサタデー、紙しだい」だよ。

         (幕)

……ということで、和尚が二人のために書き記した「般若心経と人生の荷物の整理の仕方」(仮題)が、この夏(※秋になりそうです)出版予定です。詳しくは、ちゃんと決定したらお知らせします。