ちょっといい話

第185話 重心と前向き

挿し絵 ツルちゃんの「誕生というのは、どう考えても前向きな現象でしょ」という一言(詳しくは前回「第184話 前向きと重心」をお読みください。2分で読めますから)を聞いて、私はお世話になった大ベテランのアナウンサー、村上正行さんの言葉を思い出した。

 一つは――“生まれつき暗い表情の赤ちゃんなんかいないんです。人は誰でも明るく生まれてきてるんですよ。だから、暗い表情なんかしちゃいけません。明るい顔で、明るくしゃべれるようにしなきゃダメです(勿体ないという意味。名取注)。それが会話している相手へのおもいやりなんです”――とおっしゃった言葉。
 仏教では、表情が暗くなってしまうことや、その原因を「雲」と表現します。もともと太陽も月も虚空に輝いている。それを煩悩の雲が隠してしまうことがある。それを取り除けばもとの明るい太陽や月が姿を表すではないか、と。その雲を取り除く方法が仏教の中にありまっせ、ということである。
 そして、もう一つの村上さんの言葉は、密蔵院でおこなわれていた「話の寺子屋」で冒頭に行われる発声練習の時の一言。
 “椅子は深く座らないでください。重心を前にして座るんです。私は現役の時(ニッポン放送)、スタジオで椅子に座ってしゃべっていた時でも、後ろから椅子を引かれても転ばないで、そのまんまの格好でしゃべれました。これはしゃべりだけじゃない。毎日の暮らし方だって、重心を前に置いておくんです。野球の守備だってなんだってそうでしょう。重心を前に置いているから、前からきたものに対処できるんです。後ろに重心があったんじゃ、何もできない”

 自分の心のスタンスの重心が、前にあるのか、後ろなのか、中間なのか。一日一日単位で変化してるかもしれない(ひょっとしたら分単位?)。そして、重心が後ろにあると自覚できる人にとっては、「じゃ、どうしたら前に移動できるの?教えてよ!」と叫びたくなるかもしれない。

 参考にしかならないが、一つの方法をご紹介してみる。
 椅子に浅めに腰掛けて、背筋をのばして、目を閉じて(まだ閉じちゃいけませんよ。これを全部読み終わってからの話です)、あごを引きます。身長測定で後ろの棒が頭からお尻まで全部身体につっついている状態を想像してみるといい。それから、身体を前後にゆっくり揺らす。そして、ここが私の心棒だと思える所で動きを止める。「ここがニュートラルだ」と思えるまでじっとしている。こうするだけで、後ろにあった心の重心が、前へ移動して真ん中になります。身体の重心だけでなく、心の重心も中心にもどる気がしてくるものです。お試しください。
 私たちは自分で気づき、修正する力をだれもが持っているのです。

 さて次回は、9月に行われた密蔵院初の仏前結婚式の朝、一匹の蟻が私に教えてくれた新郎新婦への「訓戒」について。“単独行動(ソロ活動)”でまいります。おたのしみに。