ちょっといい話

第193話 今夜は静かだね

挿し絵 どういうわけか、お寺の横の道を車が通らない夜がある。そんな時、ふとつぶやく。
「今夜は静かだね。まるでお正月みたいだ」

 何のめぐり合わせか誰も夜テレビをつけない日がある。どうしても見たい番組などそうあるものではないから、そうなるらしい。そんな時、ふとつぶやく。
「もったいないから、そのままテレビつけるの、やめておこうよ」

 いつ行ってもお客さんが沢山入っている飲食店がある。たまたま行ってみると、閉店までお客さんが私だけのことがある。カウンターに座りマスターとの世間話の話がとぎれると、ふとつぶやく。
「今夜は静かだね。たまにはこういう日もいいね」。
マスターは「嫌だよ」と冗談ぽく笑う。

 本堂にある直径45cmの鐘を叩く。鐘の音は三つの音で出来ているそうだ。叩いた瞬間の音がそのうちの一つ。そして二つの音が残る。ゴーーーンと響いている音。そこにウォーン、ウォーンと唸る音が重なっている。1分ほどで響く音が消え、あとにウォーン、ウォーンと唸る音だけが地下水脈のように残る。そばに正座して最後まで耳をすませ、「これで音がしなくなった」と確信できるまで約3分くらいかかる。どんなに神経が昂(たかぶ)っていても、この3分で心の水面が水鏡のようになる。

 お釈迦さまは、6年の苦行の後に「こんなに身体を痛めつけても心の問題は解決しないわい」と、菩提樹の下に座って心静かに瞑想された。そして、12月8日朝、豁然(かつぜん)と覚(悟)りを開かれた。
 静かでないと聞こえない音がある。心が静かでないと分からないことがある。

 静かというのは大切な時間なのだ。――仏壇で手を合わせる時間、お墓の前で合掌している時間。

 さあ、今日、パソコンの電源を切ったら、ドライブのモーターが切れ、ファンが止まるまでここに座っていよう。突然訪れる静寂の音を、THE SOUND OF SILENCEを、楽しもう。
 そうすれば、今までノイズだと思っていた音も事も、THE BEAUTIFUL NOISEに感じられるようになるかもしれない。

 さて、来週は本文でも触れたようにお釈迦さまが悟りを開いた日を迎えます。そこで、次回は“芳彦流お釈迦さまご一代”にてまかり越します。どちらさまもお目目拝借つかまつりまする〜っ。